
小野小町*生誕伝説の地、小野町
時は平安朝初期、七里ヶ沢といわれたこの一帯に、公家の血を引く小野篁(おののたかむら)がこの地にやって来た。都の教養人であった篁は、この地を「小野六郷」と称して治め、産業や文化の礎を築くのに懸命の日々を送っていた。ちょうどその頃、篁の荘園に仕える一人の娘がいた。愛子(めずらこ・珍敷御前)というその娘は息をのむほどに美しかった。算と愛子はたがいに文を交し合う仲となり、そして結ばれた。間もなく玉のように愛らしい姫が生まれた。二人は姫を比古姫と名付け、たいそう大事に育てた。やがて比古姫が六歳になったある春の日、皇は妻愛子をこの地に残し、姫を連れ都へ上がっていったのだった。この比古姫こそ後の小野小町である。とするのがわがまちの説です。

残念なことに比古姫が生まれ育ったことを示す記録は残されておりません。しかし現在でも、小野篁を祭神とする矢大神社が人々の尊崇を集めていること、また、夏の風物詩「たかむら踊り」が広く親しまれていること、さらには、京に上がる比古姫の美しさに魅せられ振り返ったという片葉葦が山里に残されていることなど、やはりこの町は小野氏に深い縁を持つ土地柄。そして『小野小町生誕の地」というロマンが生きる土地でもあるのです。